新居浜郷土史談会

新居浜の歴史

亀の歩みがいいね。アクセス数の話

  当ブログのアクセス数が20000をこえました。

 栄養ドリンクのような表示にすると20000000mgです。

 

  それは置いておいて、2018年5月から始めましたので、約4年半ですか。

 一応長続きしているのかなと思います。

 飲食店なら1年で50%は閉店 3年で80%以上は止めるそうなので。

 難しい経営の飲食店と一緒にしてはいけませんが。

 

  開設当初に書きましたが、HPと違って専門的なことは、ほぼ載せていません。

 新居浜など郷土の歴史に少し触れつつさらに更新していきますので、ちらちら

 お立ちより下さい。

古文書講座 10月22日開催しました。

  お祭り明けでしたが、9割の方が参加して頂けました。

 コロナのために、計画が遅れていますがご容赦願います。

 

  前回に引き続き、西條誌の内「船木村」を読んで行きました。

 途中会長より船木在住のKさんに話を振り、西條誌に載っている史跡の

 話をお聞きしました。

  いぼ(伊保)城について、現在はNTTの鉄塔が建てられていますが

 建てる前の様子や土器が出て破片がそこそこ出た話など、貴重な内容を聞く

 ことが出来ました。さらに境界石の話では、土居の公民館長の話と断った

 上で、昔の境界より数百mずれているとのことでした。

 

  当会の古文書講座はこのように、受講者から昔の話を聞いたりすることで

 歴史を知ることが出来るのが良いですね。会長の振り方が上手いです。

 私が講師したら、話すだけで終わるでしょう。

 

  テキストの一部を載せましたが、崩し字のポイント解説です。

 「偏」から読み解くのですが、これは勉強になりました。偏の崩し方が

 分かれば、かなり解読に近づくことが出来ますね。

 真鍋家当主は「兼」を1字名乗ることが多いですが、実際は魚のように

 見えますし、「遍」は遍路文書や往来手形に崩し字が出ますので

 このワンポイントを覚えておくだけでばっちりです。

 問題は覚えておけるかどうかだけですが……次回は11月12日です。

崩し字ワンポイント

 

遠くに太鼓の音を聴きながら過行く祭りを想う。でも内容は南総里見八犬伝

  今日が新居浜太鼓祭り最終日です(でした。現在20時)

 まだ宮からでて帰洛途中の太鼓が聞こえます。過行く祭りを想うこの瞬間が

 一番好きな時間かもしれません。

 

  今年は3年ぶりの開催でしたが、私は身内の不幸により見合わせました。

 ちょうど親戚の叔父さんも亡くなった年だったこともあり、親戚10名(当初

 13名)で鳥取県倉吉市にある亡き母実家の菩提寺へお参りに行きました。

  

  参拝も終わりましたので、愛媛で言う内子町のような美観地区がありました

 ので、土産を買いつつ辻にある説明板を見ると「南総里見八犬伝の元となった

 里見氏と従者の墓が近くにある」とありました。これは見ておかないとと思い

 文学に興味のある長女も一緒に行くと言うことで、別行動しました。

  「大岳院」の山門横にありました(写真参照)説明板には転封となった

 安房国国主里見忠義がこの地で没し、後を追って自刃した8人と家老を祀って

 いるとありました。近臣8人の戒名には「賢」がついており、この言い伝えを

 聞いた滝沢馬琴がモデルにしたとされるそうです。

 

  写真の中央が恐らく里見忠義と思われますが、その右にある宝篋印塔の

 塔身(ちょっと宝篋印塔の塔身と言うには長すぎて疑義はありますが)に

 元和8年銘が見て取れます。その時のものであればかなり貴重です。

 また里見忠義の五輪塔と左右隣の宝篋印塔以外は五輪宝篋印塔と呼べるような形で

 あり、新居浜には類例がありません。安房に多い形なのか、地方色なのかどうか

 と言うところですが、先に行った菩提寺にも同じようなものがありました。

 石質も凝灰岩質のような気がします。

 

  遠く安房国からこの伯耆国に流されてどのような思いだったのか、里見氏の

 ことを祈りつつ後にしました。

 ※この文を書いたあと、里見忠義歿・近臣殉死400年目だったことが分かり

  ました。たまたま節目に行ったことになり驚きました。

大岳院里見氏墓所

 

定例会と古地図

  なんの脈絡もないタイトルですが、昨日408号発行の発表会・定例会を

 開催しました。

 

  開催を忘れていて遅れて来られる方も居ましたが、そこはご愛敬。

 4名の発表がありましたが、一番の目玉はやはり丸金会員の「諸士口帖」

 でしょう。これは小松藩の藩医であった永野氏に伝わっていたもので、大阪夏の

 陣での功績を写し取ったもので、なぜか永野氏が継承していたようです。

 黒印も小松藩二代・三代のものだそうで、代が替わったときに確認したものか

 押印されています。(それ以降無いのが不思議ですが)

  現在恐らくこの1冊のみと思われます。今後も発表されるそうなので楽しみ

 です。

 

  岩佐氏は初めての投稿で、金子城で戦いがあったかどうかを様々な資料から

 検証されたもので、私も初めて知ったこともあり興味深い内容でした。

 

  さて古地図ですが、史談会に寄託されたもので、江戸期ではないかとされる物

 です。今の新居浜市を3幅の巻物に仕立てたもので、3mはあろうかと思われる

 長大なものです。色彩されていますが、今後検討され記事になると考えています。

 こうご期待。

新居浜市の古地図

 

【10/9】定例会開催します。&408号ご案内

  新居浜は今朝雨が思わぬ多く降りました。降る前は暑かったのですが雨後は

 急に気温が下がり、晩秋のような雰囲気もありました。

 

  さて新居浜史談408号が発刊されました。誌友会員の皆様にはお手元に

 届いているころかと思います。

 いつものように写真を載せようと思ったのですが、光で反射しうまく撮れな

 かったので割愛。内容は以下の通りです。

 

 ・丸金義夫 一柳直盛公大阪夏の陣「諸士口帖」

 ・眞木 孝 新居浜市内の近世鳥居 補遺と大足知姫大明神鳥居再興文書

 ・岩佐雅隆 天正の陣の考察(一)

 ・吉本 拡 謎多き本能寺の変再興(一)~(四)

 

  丸金氏の「諸士口帖」は世の中に出回っていないように思われます。

  岩佐氏は初めての投稿になります。

 

  408号発刊を受けて、下記の通り定例会を開催します。

  日 時:令和4年10月9日(日)13時半~16時半

  場 所:金栄公民館

  その他:マスク着用ください。

みはら歴史と観光の会さんの下見隊が来られました。

  来月広島県三原市の「みはら歴史と観光の会」さんが天正の陣史跡を巡る

 研修旅行に来られることになり、今日はその下見隊の方3名が来られました。

 当初9月23日の予定でしたが、台風のため延期していました。

 

  宗像神社のHP を見て宗像神社に問い合わせたところ、当会を紹介された

 とのことです。

 

  神郷公民館で簡単な打ち合わせのあと、宗像神社➾滝の宮公園(金子城)

 ➾慈眼寺➾土居構➾保国寺➾伊曾乃神社➾千人塚と巡って行きました。

 天気は良かったのですが、なんせ暑かった…千人塚近くの民家カフェで

 お茶をしましたが、出された水が美味しかった(もちろんコーヒーも)

 

  本番当日お待ちしております。

  ※みはら歴史と観光の会の記念誌・お土産頂きました。

   ありがとうございました。

保国寺で下見中

みはら歴史と観光の会の記念誌と会報

 

注釈西條誌発刊40周年

  昭和57年(1982)に新居浜郷土史談会より「注釈西條誌」が発刊されました。

 ちょうど今年で40年にもなります。

 その前には桐箱入りの「西條誌」を発行していますが、これは原本をそのまま

 刊本したもののため、変体仮名などで書かれており読みにくいものでした。

 

  注釈西條誌は会員であった故矢野益治が郷土史談(現在の新居浜史談)に

 掲載したもので、現代文に訳し説明の注釈をつけた物で大変読みやすい本です。

  西條誌は江戸時代天保13年に西條藩の日野和煦(ひのにこてる)により、

 西條藩領の地誌として出されました。細かく史跡や特産物などが書かれており、

 昔を知る重要な本です。(今は愛媛大学に稿本があります)

 

 私も30年前に刊本をみたのですが、当時は興味はあってもさっぱり読めない

 ものでしたが、ふと個人書店に入るとこの「注釈西條誌」が売っているではあり

 ませんか。即購入し貪るように読み、今でも一番大事な郷土資料です。

 

  今日この注釈西條誌を売って欲しいとの連絡がありましたが、すでに発刊して

 年月も経っているため、すでに史談会としての在庫がないためお断りしました。

 年に数回このように問い合わせがあるのですが、申し訳ないことです。

 会員でも持っていない方が多く、中古本を8千円で購入した人もいます。定価は

 3千円ですから大変な値段です。

 

  近くの古本屋で書き込みがある注釈西條誌を見ましたが、次に行ってみると

 売れていました。

 先日ネットに売りに出ていたので落とそうとしましたが、不慣れなため落とし

 損ねてしまいました。残念なことです。

 予備にしようと思ってました。所蔵の一冊を大事にしないといけませんね。

注釈西條誌