新居浜郷土史談会

新居浜の歴史

周布郡旗頭黒川氏(一)

今回は周布郡旗頭黒川氏について検討したいと思います。

澄水記は、㋑享禄年中(筆者註:1528~32年)に高峠石川氏と周布郡黒川氏の間で度々争いがあり、㋺争いに敗れた黒川氏は道前部来島氏・得居氏に援助を乞い石川氏を敗北させた、㋩然し石川氏は二郡の兵を挙げて黒川氏と戦い黒川氏を敗北させた、㊁其の後両者は和解したと記しています。この澄水記の記述は高々300字足らずの注意を引く様なものでは無いのですが天正陣実記はこれを約7000文字の長い話に仕立て上げています。
然し筆者はいずれの記述にも疑問を持っています。

先ず初めに黒川氏の来歴がよく分かっていません。
①一次史料に残されたものとしては、
天文六年(1537年) 黒川石鶴丸名の徳威神社棟札控え
永禄二年(1559年) 越智通尭名の徳威神社棟札控えと高野山宿坊證文
天正二年(1574年) 黒川山城守通博名の高野山宿坊證文
天正六年(1578年) 黒川通博宛行状等です。

天文六年の石鶴丸は誰なのか。黒川氏が何故越智姓を名乗ったのか、その経緯は何なのか。黒川氏の来歴を調べる時にはこれらも併せて考える必要があるでしょう。

②古くは予陽河野家譜(以下予陽本)が天文十三年(1544年)の頃久万山大除城(上浮穴郡久万町東明神)主大野利直が兵を起こして、小手滝城(温泉郡川内町井内)主戒能通運を攻めた時に黒川通俊が大野利直に味方して戒能を攻めたが馬を射られて進退きわまり、通俊は洲之内(温泉郡川内町則之内)で自害して果てた。その後嫡子黒川通堯は深く戒能通運を恨み、大野氏と結んで再び大熊山城を攻めたが本意を達成できなかったと記しています。つまり通俊の子が通尭であるとしています。但し通俊は一次史料には現れません。

③十九世紀に書かれた小松邑志は、黒河氏が享禄に始まり本姓は曽我部である事、享禄の頃黒川肥前守元春が千足山村中森の野瀬越前守を討取り、松尾城の松本豊後守を敗走させ、北条の飯塚修理大夫通盛を討ち、周敷村渡辺氏を倒して周布郡を手に入れ、桑村郡鷺ノ森城主桑原氏と合戦したが、河野氏の仲裁で和睦したと記しています。小松邑志は元春が土佐長宗我部の出であるという伝承を否定して黒川氏は千足山近辺の出だとしています。そして同志は元春以降の人物として通俊、通博を挙げています。が彼等の間の親子関係は明確には述べていない様です。確かな資料が無かったという事なのかもしれません。又、通廣(博)の妻は河野通直の娘だとしています。そして通廣娘桃子が正保3年丙戌(西暦1646年)72歳で死去したとしています。
従って通博娘桃子は1575年の生まれになりますので父通博の生年は1540年前後になるのではないかと筆者は推測します。

              (続く)
              (晴堂)

令和8年度7月度史談会定例会(一般聴講大歓迎)

令和8年度7月度史談会定例会を以下の要領で行いますのでご参加ください。
一般の方の参加を歓迎いたします。

 (1)日  時 令和8年7月26日(日)  13:30  ~ 16:00
            会  場 金栄公民館(高木町)一階図書室

(2)定例会次第:司会・進行 近藤 薫幹事長
  ◦会長挨拶

 1・ 史談会創立五十周年記念事業企画展について(吉本 拡)
      ⑴ 企画展「歴史から学ぶ自然災害―地震・雷・火事・おやじ(親父)ー」
     ・準備  令和8年8月18日(火)。
       時間 10:00~(昼食12:00~13:00)~17:00
       ・展示  19日(水)~≪≫~24日(月)
                       10:00~17:00(最終日8月24日16:30)
       ・会場  国立新居浜工業高等専門学校 
                  (住所)新居浜市八雲町7―1 (会場等渉外担当 田窪洋介)
     展示会場 管理・電気情報工学科棟 3階5E教室
                  講演会場  〃      〃   3階階段教室
       (一階廊下のエレベーターで3階へ)
    ・講演会 日  時  8月23日(日) 13:30 ~ 15:30(120分)
                     (司会者開演のことば・休憩15分含む)
          司会・進行 曽我部多見子
         演   題  (プロジェクター等担当 田窪洋介)
            ➀紙芝居「稲むらの火」
          講   師  会員 曽我部多見子
            ➁「忘れられた新居浜の天災 ― 地震・雷・火事・おやじ(親父)―」 
                         講   師  会長・元愛媛県史編さん委員 吉本 拡 
       ・主催・共催 新居浜郷土史談会、新居浜文化協会
      挨拶 新居浜文化協会 篠原雅士
       ・後援 新居浜市 市教育委員会 愛媛新聞社(オンラインで「史談会企画展」広報済み)

       ⑵ 展示及び防災関係担当者(試案)
  ・総 括・広 報 吉本拡
       ・渉 外 担 当  (会場・プロジェクター等設備)田窪洋介
  ・受付・案内・監視  曽我部多見子・浅川明・鈴木和政・丸金義夫・
                                            岩佐雅隆・田窪洋介・(近藤薫)(吉本拡)
       ・ポスター・チラシ・展示パネル配置計画等 近藤 薫 岡田雅夫  
  ・防災・避難誘導指導・助言   丸金義夫(防災士) 眞木 孝 田窪洋介
  ・展示形態(方法・スタイル)の検討  近藤薫 岡田雅夫 鈴木和政
  ・展示パネル等飾り付け  岡田雅夫 浅川明 岩佐雅隆 全会員

     ⑶検討事項 ドラえもんの「親子災害クイズ教室」の参加賞について
     ・参加賞として「寛永通宝」を150枚くらい寄付(眞木孝会員)
                  クイズ10問の回答者に、正誤に関係なく、史談会所有物の江戸時代の通貨
                「寛永通宝」(銭)を先着順で一日25枚程度のうち各1枚を参加賞とする。
               ・クイズ問題再検討(丸金義夫)

     ⑷展示準備等草案(試案)について(近藤薫) 
     ⑸展示ガイダンスパンフレットの作成について(吉本拡)
         来場者用パンフレット … 展示内容・講演会関連解説 

  2・  事務局連絡(曽我部多見子)
     令和8年度 定例会日程
    ・7月26日(日)13:30~、
    ・8月は8月2日(日) ・ 8月9 日(日)・ 8月16日(日)・ 8月18日(日、
           10:00高専準備)、
   ・10月25日(日、会誌特集号416号配布)、
   ・11月以降は11月15日(11月22日を変更)、
   ・1月24日, 3月28日の予定。

                  以上。

史談会創立五十周年記念事業企画展について

新居浜郷土史談会では史談会創立五十周年記念事業として 「歴史から学ぶ自然災害ー地震・雷・火事・おやじー」企画展を以下の要領で開催します。

(1) 企画展では南海トラフ巨大地震に関する展示を行います。
(2) 自然災害について親子で学び考える「災害クイズ教室」も開きます。
(3) 23日には紙芝居と講演会も開催します。

きっと親子で楽しみながら学んでもらえると思います!!

・期   日 : 令和8年8月19日(水)~24日(月)

・展示時間 : 10:00~17:00 (24日は16:30終了)

・会   場  : 国立新居浜工業高等専門学校 (住所)新居浜市八雲町7―1

・費 用   : 無 料

・紙芝居と講演会: 23日(日) 13時30分~15時30分。

   ① 紙芝居と講演 「稲村の火」 
    津波が発生した時に、ある行動で人々の生命を救った実話です。
    講師     : 史談会員 曽我部多見子 
       
   ② 講演 「忘れられた新居浜の天災」 
    講師     : 史談会会長 吉本 拡
         
         
・「災害クイズ教室」ではクイズ回答者に先着順で参加賞が出ます。
              
・主催・共催 : 新居浜郷土史談会、新居浜文化協会

・後   援 : 新居浜市、市教育委員会、愛媛新聞社


多数の方の来場をお待ちします。

                       (以上)

天正十三年の台風とAI

筆者は天正十三年の旧暦七月・八月に新居郡・周布郡を襲ったと思われる台風について天正十三年の台風(一)・(二)として投稿したのですが、Google検索のAIモードで「天正十三年の愛媛県での台風に関する記録を調べて」と質問すると『天正13年7月は、毛利氏・小早川隆景の軍勢が東予(現在の西条市、新居浜市、四国中央市など)に上陸し、在地武士団の金子元宅らと激しい戦闘(高尾城の戦いや野々市原の戦いなど)を繰り広げていた時期です。
・郷土史の記録(『新居浜郷土史談会』の考証など)によると、この決戦や諸城の陥落が行われていた時期(旧暦7月20日前後〜8月)と、この大型台風の襲来時期が重なっていたことが指摘されています。
・暴風雨による河川の氾濫や、瀬戸内海の荒天は、中国地方から渡海してきた小早川軍の兵站(補給路)や軍事行動、さらには防衛する在地の郷土軍の動きにも多大な影響を与えたと考えられています
・新居・宇摩郡(東予地域)の記録地元の戦記物や古記録には、天正13年の戦乱と共に「大風雨」によって陣地や民家が被害を受けた様子や、天変地異に翻弄される人々の姿が部分的に書き残されています。』

以上はAIモードでのみ出てきます。通常のGoogle検索ではここ迄は出て来ません。これを最初に目にした時、最初の「・」は筆者の投稿通りなのですが二番目と三番目の「・」は誇張しすぎでそこまでは自分は言っていないなという印象を持ちました。又、筆者はこの二点を言った人を知りません。

昨日Stanford大学が行ったAI使用についての調査報告書を取り上げた新聞記事を読みましたが、その報告書はAIには質問者が望む結果を回答する傾向(阿諛追従する傾向)があると書いているそうです。例えば医者が診察についてAIに尋ねると最初の医者の印象を肯定する回答をする場合が多く、もっと調べる事を勧める回答が少ないとか、公園にゴミ箱がないことについての質問にはゴミを出した人が持って帰る事は勧めず市などの管理体制が悪いと言う場合が多いなどです。
 
筆者について言えば、筆者の投稿を元に「・」の二番目・三番目をAIが追加したのだとすると、これもAIの阿諛追従傾向なのかと思ったりしました。

データを集めるにはAIは便利なのでしょうが、正誤や価値の判断を行う事はAIには未だ期待できない所がある様です。AIの限界を理解し頼り切る事無く、最後の判断は人間自らが行う事が大事だという記事には納得しました。

                              (晴堂)

新居浜郷土史談会ー新規会員募集

現在、新居浜郷土史談会では新規会員募集中です。

当地域の歴史・考古・地理・文化・民俗などに興味のある方、
古文書に興味のある方の入会を歓迎します。

史談会定例会は奇数月の第4日曜日13:30~16:00に金栄公民館で行っています。定例会では古文書演習、会員研究発表(会報投稿分、歴史よもやま話編)を実施しています。
 
会員でなくても出席可能ですので関心のある方は是非のぞいて見て下さい。
 
会員になると、年2回(春秋)発行の新居浜史談に投稿できます。
新居浜史談は新居浜市内の明屋書店で販売しています。
 
現在は創立50周年記念事業としての展示会(8月開催予定)の準備も行っています。

お問い合わせは mxglobef8@gmail.com までどうぞ。
 
                      (晴堂)

天正十三年の台風(二)

前稿では旧暦七月末の異常気象は台風だと考えられると述べたのですが、筆者の調査の限りでは七月十一日和泉での大雨、同廿八日常陸での大風以外に台風の記録が中四国を含めて見つかりませんでした。有史以来新暦八月には毎年台風が来ているので余程大きい台風でないと記録には残らないのだろうと思います。

ところで天正の陣の翌月、八月八日(太陽暦9月1日)、秀吉は京都を出立して佐々成政征討の為に越中に向かいました。そして八月廿日頃(西暦9月中旬)から同月末までの間越中(富山)の佐々成政を攻めたのですが、この時台風が来たことが次の様に記されています。「霜雨車軸を濡らして止まず、(略)陣中の馬は雨に打たれて濡れ鼠の泥を渉るがごとく」(大村由己)。「秀吉軍越中に入る、暴風雨洪水して暗夜の如し」(甫庵太閤記)。更には「大洪水、郡内の家、数多く流出」(富山長滝家文書)。

これは秋台風と考えられているのですが、現代でも中四国を通過した台風が近畿北陸を通って日本海に抜ける事は毎年の様に見られます。従って富山の秀吉を襲った台風は瀬戸内地方を通過したものである可能性が高いと思います。そこで愛媛県での天正十三年旧暦七月・八月の台風の記録を調査したところそれらしいものが一件見つかりました。

台風記録に触れる前に東予地域での同年八月(旧暦)の動きを見てみましょう。
長宗我部元親は旧暦八月六日(西暦8月30日の)頃に秀吉に降伏し仏殿城が開城されました。その後隆景隊は宇摩郡から道前部(周桑)に向かいましたが、予陽本は「八月十九日(西暦9月12日)より廿八日(西暦9月21日)に至り周布桑村越智風早五郡数城悉く陥の間、同廿九日(西暦9月22日)師を道後に進める」と記していますから隆景隊は八月十九日(西暦9月12日)頃には周桑に着いていた事でしょう。つまり秀吉の富山攻めの直前頃です。

そして天正陣実記は隆景隊が周布郡に転戦した時、丁度大雨が降りかなりの増水があったので黒川勢は川の水をせき止め、その水を一度に放流したので小早川兵の多くが水に流されたと記しています。

毛利兵が新居郡を焼き討ちしたのは真夏の盛りとも言うべき時期なのですが、その時期は周布郡でも渇水期にあたりますので川の水をせき止めて放流し毛利兵を苦しめる事が出来たはずが無く、実記はいい加減な事を書いたのだろうと筆者は思っていました。

然し秀吉が富山で台風に遭遇した事を考えると、黒川方の作戦は台風による増水で毛利兵が甚大な被害を受けた事を反映したものであり、瀬戸内海沿岸部(周布郡・新居郡など)を通過した台風が富山で洪水を引き起こしたのではないだろうかと考える様になりました。

黒川勢が増水を利用する作戦を立てたかどうかは聊か疑問ではありますが、小早川兵が台風による被害を受けた事は間違いのない事だろうと思います。実記は軍記物だから信用できないと簡単に決めつけてはいけないという事でしょう。恐らく皆さんの実記を見る目も変わってくるのではないでしょうか。

若し旧暦天正十三年七月・八月に瀬戸内地方を襲った台風に関する記録を御存じの方がおられたら御教示願いたいと思います。

                         (続く)
                         (晴堂)

令和8年6月度 新居浜史談会定例会の開催のお知らせ

令和8年度6月度史談会定例会を以下の要領で行いますのでご参加ください。
一般の方の参加を歓迎いたします。

1 日 時: 令和8年6月28日(日)   13:30  ~  16:00
 会 場: 金栄公民館(高木町)一階図書室

2 行 事: 司会・進行 近藤 薫幹事長
  議 題
  ①会長挨拶
  ②史談会創立五十周年記念事業企画展について(吉本 拡)
   ◦企画展「歴史から学ぶ自然災害―地震・雷・火事・おやじ(親父)ー」
    ・期日:令和8年8月19日(水)~≪≫~25日(火)(申請中)
           展示時間9:30~16:30
      ・会場: 国立新居浜工業高等専門学校 (住所)新居浜市八雲町7―1
               (日程・会場等渉外担当 田窪洋介)
    ・主催・共催 新居浜郷土史談会、新居浜文化協会(申請中)
         ・後援 (申請中):市(企画部文化振興課・危機管理課・都市計画課
       ・別子銅山文化遺産課)、 愛媛新聞社
    ◦展示関係資料作成担当及び展示形態について(案)
              ・ポスター・チラシ・写真パネル作成指導担当 近藤薫, 岡田雅夫
    ・防災事項指導・助言    丸金義夫(防災士)
      ・展示形態(方法・スタイル)の検討 吉本拡、近藤薫、岡田雅夫、
      会員全員
    ・展示パネル等飾り付け 岡田雅夫、鈴木和政、浅川明、岩佐雅隆、
      眞木孝
     ◦講演会について テーマ 「忘れられた新居浜の天災」(案)
     ・ 司会・進行   曽我部多見子
             ・ 時間  60分
             ・ 講師  会長 吉本 拡 (パワーポイント担当 田窪洋介)
   ③ 災害関係資料・文献等調査報告(近藤薫)

3  事務局連絡
               ・令和8年度 定例会日程(曽我部)
          ・次回は7月26日(日)13:30~
            ・9月までは毎月実施、10月以後は奇数月の第4日曜日

                           以上。