新居浜郷土史談会

新居浜の歴史

史談会行事延期のお知らせ(など)

 本来なら明日16日は第6期古文書講座1回目開催予定でしたが、新型コロナウイルス蔓延のため延期となります。連絡が遅くなり申し訳ありません。

併せて6月も延期になります。一応7月25日から開始を考えております。

 

 4月の総会・定例会も同じく7月になるのではないかと思います。

決まり次第ブログでお伝えします。

 

閑話:先日書斎化した部屋に保管・展示していた松木氏城郭復元推定模型が可愛い飼い

   猫によって破壊(爪とぎ)されてしまいました。自粛期間中の手直し予定です。 

   岡崎城と金子城模型は爪とぎを免れたのが唯一の救いです。

 

水害供養塔(香川県山本町)

 新型コロナウイルスのため、中々出歩くことが出来ませんので、過去に撮った写真を

1点紹介します。(20年くらい前でしょうか)

 

 香川県三豊市山本町にある石造層塔です。一番上の相輪(九輪ともいいます)がありませんが、角れき凝灰岩で出来た九重塔になります。一番下の塔身には阿弥陀如来と思われる仏像が刻まれており、鎌倉時代の物とされています。

 

 言い伝えでは、近くを流れている財田川が氾濫し、その時に亡くなった人を供養するために造塔したと言われているそうです。

 

 新居浜市にも明治32年の水害記念碑が城下橋西北墓地にありますが(ブログでも紹介しました)、大規模な災害が発生すると未来にまでその災害があったことを伝えようと祖先が残した警告として、石で残す事例が全国にあります。もちろん紙で残すことも大事ですが、燃えてしまう紙と違って石造は後々残りやすいと考えてのことでしょうか。

 これから梅雨・台風の季節がやってきます。こういった石碑を見ることで、災害の怖さを忘れずにしたいですね。

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香川県三豊市山本町 水害供養九重層塔

 

出版物紹介(西條史談会 加藤さん)

 昨日の愛媛新聞にも大きく取り上げられていましたが、西條史談会の加藤正典さんがこれまでの研究成果を出版されました。

伊予西条藩の歴史研究余話」です。

 

 ちょうど出版日に会員の喜代吉榮徳氏より、加藤正典さんから著書を預かっているとの連絡を受け、史談会の蔵書としてもらい受けました。加藤さんありがとうございます。

 一部を紹介しますと、これまで加藤氏が地元の碇神社を調査し、数々の結果を報告されておりますが、今回は神社に残された棟札を詳しく著述されています。特に永享6年(1434)の棟札は愛媛県内でも古く貴重なものです。神社創建年が色々伝わっていますが、実際にそれを証明する物が無い中において、この棟札は碇神社が中世まで遡れることが分かるものです。

 さらにこの棟札の特筆すべき点は、宝永の大地震が記載され、高汐で破壊されたことも載っており、その他台風と思われる大風も掛かれています。

 

 是非一度読んでみてはいかがでしょうか?

 この本を出版するにあたり喜代吉会員も古文書資料の提供や説明をしてお手伝いしているそうです。

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伊予西条藩の歴史研究余話

 

GW始まりましたが、何をするものぞ

 今日からGWが始まったとのニュース。新幹線も新型コロナウイルスのため、いつもの4割程度の乗車率とか。しかし昨年に比べたら7倍らしいので、やはりどこか緩みが来ているのでしょうか。

 

 さて何をするかと言っても新居浜は雨です。そこでかねてから計画していた和室の書斎化です。わが家には書斎などと言う部屋はありませんが、吉本会長は玄関脇に立派な書斎があり、お邪魔するたび良いなぁ~と思っていました。

そこで空いているのは和室しかない!とのことで、不用品を捨て・押し込み・箪笥を移動させ(もちろん1人で)空間を確保。

妻の和室書斎化計画の反対を押し切り(先日書斎化計画を打ち明けたら、要らぬものを置かないなら良いよとの言質あり)、しかし内緒で書棚大・小を購入。帰宅した妻に即バレし(当然ですわな)、既成事実を見て般若顔でダンマリの妻をなだめて組み立てし設置完了。今歴史・郷土関係本を2階から移動させている最中ですが、疲れたので一旦休憩中で、皆様に途中経過報告を書いているところ。

 

 書棚(小)には展示会で使用した城郭模型・城郭表面採取した土器片・火縄銃玉を飾り、それらしい書斎を作りますよ~

 なお休憩でお香を焚いたら、妻から臭いとクレームが。どうもイカンですなぁ~

次は押し入れの中にある使うかもしれんから取っておいている物を、こっそりまくってやろうと画策してますが、さすがにマズイですかねぇ~

405号掲載

 本日の愛媛新聞新居浜史談405号の紹介が掲載されました。

 愛媛新聞社様、ありがとうございました。

 

 実は404号は何故か掲載されませんでしたので、今回はどうなるのかヤキモキ

しておりました。

送り先が違っているのか・封筒の糊付けが甘く破れた・新聞社に何かしてしまった

かなど余計な考えをしましたが、要らぬお世話だったようです。

事務局としては心配で心配で。

ここだけの話、売り上げにも影響が・・・無いとは言い切れませんので。

 

 愛媛新聞を見て、購入して下さる方が増えますように。

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愛媛新聞405号

 

発刊「高津の郷土誌」

 高津公民館が創立60周年を迎え、その記念として「高津の郷土誌」が3月に発刊されました。

 

 当会の岡田雅夫氏が編集委員長・近藤薫氏が委員として、平成31年に発行の編集会議を立ち上げたそうです。

このような資料を発行するにあたり、中々面倒事ですので言いだしっぺはいるのですが実際に作るとなると腰が引けてしまうことが多いと思います。

ですが今回の言いだしっぺは高津在住の会員「岡田・近藤」両氏でしたので、その牽引役としては最適だったと思われます。

 

 委員長の岡田氏よりお話を伺うと「言い出したのはいいけど、色々大変だったんですよ」とのこと。「あれもいれたい・これもいれたい」で取捨選択の難しさを痛感したそうです。

なぜ50周年ではなく、今回の60周年に発行したのかを尋ねると「他の公民館はこれまで色々地元の歴史を取り上げた記念誌を出してるのに、高津だけその機運が無くもどかしい気持ちだったんです」とかなり年下の私にもいつも丁寧語で仰る岡田氏ですが、近藤氏の後押しもあり、その甲斐あって140Pの立派な本が出来上がりました。

 

 この高津の郷土誌ですが、会員2名が絡んでいることもあって、史談会の資料使い、史談会の名前をふんだんに出して頂き、一種の広告塔にもなっているようです。このブログもそのまま引用している部分もあります。是非お読みください。

 

ご入用の方は高津公民館までご連絡下さい。

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高津の郷土誌

 

別子山探訪報告

 桜が満開の中、先日別子山に行ってきました。(愛媛県新型コロナウイルス蔓延する前です。証拠?写真見て下さい。めちゃ晴れてます。)

 

 と言うことで、いつもの通り家族が寝ている早朝の間に行動開始です。

何で別子山に?とのことですが、恥ずかしながら新居浜市なのに別子山に行ったのは両手で足りるくらいで、史跡もよく知らないからです。

 峠を越えて(その手前で写真撮ってます。写真ではよくわからないと思いますが、道路から下は千仞(せんじん)の谷で、圧巻の景色でした)最初に圓通寺と南光院です。この南光院の快盛法印については故芥川三平(正岡慶信)氏が会誌で多く取り上げられてますのでご参照を。

ゆらぎの森に行く途中には「瓜生野御堂」があります。江戸期のお墓や金毘羅山を祀る石塔が一緒にあり、古くから続く景観を保っています。この御堂は市指定の史跡になっています。そのまま進むと山城八幡神社安徳天皇墳墓があります。安徳天皇墳墓とは驚きですね。新居浜にもあったんだと感慨深いものがあります。山城八幡神社の社叢も文化財に指定されています。

 色々初めて見るものが多く、勉強になりました。なお帰り龍河神社に寄った所為で帰宅は正午前、何時間ウロツイテいたんだ。この後会誌の配本しましたので、一日中遊んでごめんなさい。でも最初に言いましたように新型コロナウイルス蔓延前ですよ。

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別子山峠付近