新居浜郷土史談会

新居浜の歴史

2024-01-01から1年間の記事一覧

史跡探訪 金子城⑧

金子城探訪も最終回です。 これまで曲輪など紹介しましたが、今回は金子氏の屋敷 です。現在慈眼寺のある場所が伝金子氏屋敷と言われています。 土塁などは残っていませんが、慈眼寺の東側に広い道路があり あるいは空堀でもあった可能性や北側駐車場へはや…

史跡探訪 金子城⑦

金子城の本丸北東、金網から下を覗くと、雑草に覆われて いるが通路のように見える。(写真空色部分) 幅5mくらいではあるが堀切です。 堀切(青色)と尾根曲輪群(紫色)(国土地理院航空写真 昭和37年) 本丸・堀切を超えた尾根には数段の曲輪があります…

史跡探訪 金子城⑥

本丸(第一曲輪)の北東金網越しに2の丸を見ると 東側の切岸が見えます。今は草木が生えて分かりづらいですが、 20年前は斜面が急なのが良く見えていた。 2の丸切岸 この切岸の急斜面ですが、西側は自然斜面のため、公園化の 時の工事により作られた可能…

史跡探訪 金子城⑤

前回二の丸(二曲輪)について書きましたが、その際掲載した 写真の奥に展望台が写っていますが、その写真手前に堀切が在った 可能性を史談会会長から指摘されている。(2年前探針棒調査) 先端曲輪 二の丸北側から下る階段がありますが、そこを降りると写…

史跡探訪 金子城④

※この記事の調査は2021年頃のものです。 堀切を超えて主郭部ですが、四角形をした本丸(一の曲輪)に なります。東屋や前の記事の写真にあるような、史談会が建てた 金子城跡の標柱があります。 50年ほど前にここへ天守閣を建設する計画が立ち上がり、…

史跡探訪 金子城③

※記事の内容は2021年頃に調査したものです。 最新ではありません。 前回の記事にも出た駐車場を北へ行きます。上がりきった所からが 主要部になります。古地図や愛媛県の調査ではここに三の曲輪(3の丸)が あったように記されていますが、現在では見当…

史跡探訪 金子城②

頂上にある駐車場から南へ行くと、落城する際姫様が逃げたと される衣笠山があります。北へ行くと城跡になります。 愛媛県の城郭研究の第一人者である日和佐氏は、この駐車場の 東西に竪堀があると報告されていますが、現在では見当たりませ ん。よく見つけ…

史跡探訪 金子城①

金子城は新居浜市の西部にある南北へ延びる山の北端にある 中世の山城です。金子城の城主金子氏は鎌倉時代、関東から移り 住み、織豊期、こちらで言う豊臣秀吉による四国攻めである 「天正の陣」で落城するまでありました。 金子城遠景 写真でわかるように、…

文化財の補修

過日松山城の斜面が大雨により崩壊し、3名がお亡くなりになりました。 ニュースでは前年に道路にひび割れがあり、補修を開始したばかりとのこと でした。国の史跡のため文化庁の許可も必要で、取り掛かりまで1年ほど 要したと報道されていまし、先般石垣な…

新居浜史談第412号発刊

10月1日に新居浜郷土史談会会誌 新居浜史談第412号が 発刊されました。新居浜市内の明屋書店および西条市の マスヤ書店で販売しています。 目次 《特別寄稿》父、鶴田義行 オリンピック 平泳200m金メダリスト が残したもの ・・・・・・高木 満智 新居…

金子城の標柱②

前回金子城一の曲輪(本丸)に史談会が建てた標柱を紹介 しましたが、今回は同じ金子城にある「天正の陣滝の宮口」 標柱です。 この標柱は滝の宮公園入口のお堂境内にあります。 ここには滝の宮砦が在ったと伝えられており、天正の陣 では、激しい戦いがあっ…

歴史探偵で金子氏が

病気で記事が少なくすみません。 9月25日の夜、NHKの歴史探偵で四国の覇者「長宗我部元親」が取り上げられ ました。 その際郷土の武将である金子元宅が出て、更に金子城も映像が映りました。 説明では金子氏を通して河野氏を長宗我部氏陣営に引き込むのよ…

会誌411号

遅くなりました。 新居浜史談会会誌411号が4月に発行されました。 愛媛県・新居浜磯浦捕虜収容所・・・・・・江澤 誠,《特別寄稿》 「新居浜市史調査報告書 金子文書」の調査(一)・・・岩佐 雅隆 新居浜監視哨の記録・・・・・・多田 仁 広瀬系圖の人…